第83回 その一言、余計です!2024:09:03:23:35:37

産経新聞大阪本社 地方部編集委員 北村 理

産経新聞で「在宅善哉」という、実例をあげて在宅医療の実際について、在宅医が描いている連載がある。そこで、先日、ある患者さんが病院からの終末期などについてのアンケートへの回答を拒んでいるという話が紹介されていた。理由は「患者は死を怖がっているもの」と決めつけているような内容だからだそうだ。

がんの告知で、「残念ですが...」と切り出す医師がいて、言われた知人が憤慨していたことがあった。別に、がんに限った話ではないだろうが、筆者自身も健康診断のアラームで精密検査を受けた際に、知り合いの診療所の医師から「仕事休んで静養したほうがいいで」といわれ、当時、40歳なかばで、仕事が乗りに乗っているころだったので、「このおっさん何言うとんねん」と思ったことがあった。大体、不思議なことに、患者本人より、医師のほうが驚いて、「えらいこっちゃ」となるのは、どうも解せない。

まあ、医師は医学的な見地からデータをみて、この先こうなるだろうと思うからだろうが、言われる方の耳には届いていない。今後、こういうことも考えられるから、年に一回は大きな病院で検査受けた方がいいで、と具体的にいえばいい話である。もしくは、半年後のいついつまでにもう一回検査受けに来て、といえば、拒む理由はないのである。

どうも、医師のいうことは正しくてそれに従わない患者は、無条件にあほであると思っているような節がある。患者には患者の生活があり、人生観もいろいろなのだ。それを短時間に聞き取る能力を医師は持つべきだ。

どんなに医学が進み、医療が進展しても、入口の医師のコミュニケーション能力が低ければ、患者は医療の恩恵を受ける機会を逸してしまう。
患者の治療に際してのカンファレンスをするがごとく、患者とのコミュニケーションについてのカンファレンスもぜひやってほしいものである。

<2024/9/3 掲載>