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第55回 野戦病院とは何ぞや...2021:09:13:05:52:24
産経新聞大阪本社 地方部編集委員 北村 理
(以下、現時点では特定の事例を批判するつもりはないので、論を展開する舞台装置として、ある自治体をめぐる話を拝借する)
さる自治体が「野戦病院」を設けると言い出した。重症者数が減らないことに対する対策だという。自治体がもつ緊張感も含めて表現したつもりなのだろうが、違和感を覚えた。一体、戦時の野戦病院と言わねばならない状態に、誰がしたのだろうか?」という疑問から生じたものだ。こうした状況を生み出している自治体は「さる自治体」に限らない。
全国で自宅療養者の死亡事例があとをたたない。妊婦すら放置されるにいたっては、ここはどこの紛争地なのだろうかと思ってしまう。もっとも紛争地でも難民キャンプであれば、必要な手当てが施されるであろうが。そのレベルにすら達しない自治体が日本にあるということだ。放置される事例で多いのは「連絡が取れなくなったのでしばらくして(誰かが)見に行ったら亡くなっていた」。保健所から連絡をして1度ならず2度までも連絡を取れなければ、常識で考えると、誰かが見に行くであろうと思うが、どうもそうではないらしい。あくまでも電話で連絡をとろうとするようだ。
さすがに、保健師以外の行政職員もしくは警察が補助するケースがうまれつつあるようだが、どうして、はじめからそうならないのだろうと強い疑問を覚える。以前から本欄で「ふだんから保健医療体制への取り組みが甘い行政の不作為」「ふだんから資源不足といわれる保健所を中心とした感染症対策の不備」を指摘してきた。こうした批判は、時間がたつにつれ医療者側や、コロナ感染当初から成果を出し続けている自治体からの意見としても定着しつつある。
危機管理の原則として120点を目指さなければ100点は取れない。120点体制をつくるには、平常時から100点を目指してなければ届かない。医療でいうところの100点とは「医療が必要な人には医療行為を施す」ことだ。
重症者を増加させ、自宅療養者の死者を生み出し続けている都市部の自治体は、そうした姿勢が甘いのか、諦めているのか、そうした発想すらないのかである。
最近さる自治体で首長選挙があった際、某都市部の自治体の医師会から激励があったときく。某都市部の首長と関係した候補者に「負けるな」というのである。そこまで医師会から不信感をもたれる某都市部の自治体は、行政の基本的責務である「住民の命を守る」に立ち返ることが強く求められる。
小規模ながら全国の被災地に職員を派遣している自治体の首長はいう。
「行政は有事に成果をだしてこそ存在意義がある。首長の能力は住民の幸福度に直結する」。
<2021/9/13 掲載>