第13回「悔いなき生き様とは...」番外編2013:12:10:13:36:22

産経新聞社 社会部記者 北村 理

「エロ本屋が死んだで」。
親友から夜遅く電話があった。エロ本屋とは、彼の「おやじ」のことである。ヘラヘラ笑いながら話すので当初、何のことか分からなかった。

エロ本屋とは彼のおやじの生業のこと。出版業をやっていて、確かにエロ本も出していたが、もちろんそれだけではなくホビー雑誌や一般書も手がけていた。

かつては映画制作にかかわっていた、いわゆる業界人である。親友はよく、(石原裕次郎クラスの)俳優がよく自宅に出入りして麻雀していたといっていた。

その「おやじ」が、末期のがんになったと相談を受けたのが数ヶ月前。

都内のがん専門医を紹介したのちしばらくして、親友から「おやじが東京を離れて田舎に引きこもるといっている」と連絡があった。田舎といっても、「おやじ」は東京育ちのはず。なにをいっているのかと思ったら、「昔の友人(悪友?)たちの誘い」らしい。親友の母親つまり、「おやじ」の配偶者は、都内の自宅から通うという。

親友も「どうなってるんだか」というばかり。???がいっぱい頭に浮かんだが、ふたりで合点したのは、「青春時代を送った業界人として最後を全うするつもりだろう」ということだった。

その後、「おやじのヤサ」の周辺の在宅診療所について相談を受けてやりとりしているうちに、冒頭の報告があった。亡くなった場所は、引っ込んだ田舎に隣接する県の某有名医師のホスピス。「ちょっとカゼぎみ」と入院して2週間。最後は配偶者の見守るなか亡くなったらしい。

息子たちの心配をよそに、ちゃんと自分で段取りをしていたようだった。さすが、抜け目のない江戸っ子業界人と、親友とふたりで感心した。

がんが分かるまで「終活」をしていたそぶりはなかったという。紹介した都内のクリニックでも、治療のことより世間話ばかりして煙に巻いていたらしい。

親友は電話の最後で、「家族の手を患わせず、借金も残さず、立派でした」とぽつり。思わず、「そうだよね。それがなにより。粋なおやじやんか」と返した。

より良い生き様がなによりの「終活」だと教わりました。合掌。

<2013/12/10 掲載>